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【或いは、皆様がそう望むなら】:異能・シリアス *中年男性1、女性・少女2 オブスキュラ:人の噂が焦点となる場に集中することで結ばれる虚像の怪物。現実世界に干渉することが可能 ザカリー:放浪の写真家。口の悪いおっさん。師の残した魔法道具により「現象・空間・時間」のいずれかを固定する事によりオブスキュラを強制的に顕現させる。 そして強めに殴る。 クリスティーヌ:強火のザカリー萌えの美少女。上品な話し方をする。廃劇場に結ばれた強大なオブスキュラだったが、退治に来たザカリーにひとめぼれして助手としてザカリーの旅に同行する事になった。オブスキュラがオブスキュラを吸収することで実像を長く保つことが出来る。ウィンウィン。 アガサ:ダイナーで働く少女。強気な言動が多い。父親を廃工場で亡くしている。 ************ 【新聞を捲る音】 クリスティーヌ:「……ザカリーおじさま、食事中に雑誌を読むの、やめてくださいな」 ザカリー:「クリスティーヌ、時は金なりだぞ。目に余裕があるんだから使っとかねェと勿体ないだろ」 クリスティーヌ:「あら、それなら私の顔を見つめていてくださいな」:にっこり ザカリー:「……お、クリスティーヌ、ほら見ろ、お前が嫌いな雑誌にも良い情報はあるんだぞ」:スルーして クリスティーヌ:「雑誌が嫌いなんじゃなくて、お食事中に別の事をされるのが嫌なだけなんですけど……、どちらです?」 ザカリー:「廃工場で連続死亡事件。肝試しで不法侵入した奴らが次々死んでる。……それで箔がついてまた心霊スポットにって話だ」 クリスティーヌ:「……ただの殺人事件ではなくて?」 ザカリー:「まあ、その辺のことは街の人間に聞くのが一番だ……、えーと、そこのウエイトレスのお嬢ちゃん!」 アガサ:「……はい、なにかございましたか?」 ザカリー:「この廃工場の事件について聞きたいんだが……」 アガサ:「……何、おっさん、警察?」 ザカリー:「……はは、まあそんな怖い顔するなって。あー、まあ、アレだ、取材だよ、取材」 アガサ:「……ふぅん、別に、ちょっとくらいなら教えてあげてもいいけど、アタシまだ仕事中だから。……もうちょっとで休憩だし、昼ご飯食べながらで良いなら、話すけど」 ザカリー:「ああ、ありがたいね、ここで待ってるから、よろしく頼む」 アガサ:「分かった」 【アガサが立ち去る】 クリスティーヌ:「……あの子で良かったんですの?ザカリーおじさま」 ザカリー:「ああ、たぶん当たりだ。ちょっとずつ辿っていくつもりだったんだが、今回は運がいい」 クリスティーヌ:「……だと、良いですけれど」 ザカリー:「自分に関わりない噂なら、軽く口に乗せるだろ。最初に警戒するってことは、きっと何かしら当事者なんだろうぜ」 クリスティーヌ:「ふぅん……そういうものですか」 【場面変わり、ざわざわとした昼食時を過ぎたダイナー】 【食器を置く音】 アガサ:「……で?廃工場の事件だっけ?ただ単に不良共が廃墟ではしゃいでたら死んだだけでしょ」 ザカリー:「その廃墟に不良が集まるきっかけみたいなもんがあるはずだろ?ニンゲン、退屈な廃墟にはそうそう行かねぇって」 アガサ:「そうかしら」 ザカリー:「これは、カンだがね。あるはずだ。……心霊スポットになる、理由が」 アガサ:「……馬鹿みたい、大騒ぎしちゃって。男が一人、自殺しただけよ」 ザカリー:「へえ、知ってるのかい、聞いてみるもんだ」 アガサ:「知ってるもなにも。あそこで死んだの、アタシの父親だからね」 ザカリー:「……そうかい」 アガサ:「馬鹿でろくでなしの父親だったけど、まあ、父親は父親だしね。だから、アタシ知ってるわ。うちの親父は、化けて出るような甲斐性なんてないの。おばけだの幽霊だの、どうせ何かの勘違いでしょ。それをギャーギャー騒いで、馬鹿みたい」 ザカリー:「奇遇だね、俺も、幽霊なんか居ないと思ってるよ」 アガサ:「は?幽霊信じてないくせに心霊スポットの取材するの?」 ザカリー:「あそこに居るのは幽霊なんかじゃないさ。……オブスキュラだ」 アガサ:「オブ……何?」 ザカリー:「オブスキュラ。ヒトの噂の集中する点に生まれるバケモノだ。こいつらは、物理的に現実を害する。連続で死んでる不良共も、こいつに殺されたんだ」 アガサ:「幻想小説なら、よそで書いたら?」 ザカリー:「はは、現実主義でクールな嬢ちゃんだ。だが少し付き合ってくれ。……オブスキュラは、ヒトの噂が集中すると、その通りの形を成す。よくある幽霊の目撃例が、同じ形をしているのはそのせいだ。“白いワンピースで長い髪の女が出る”と沢山噂されれば、“白いワンピースで長い髪の女”の形をしたオブスキュラが結ばれて生まれる。そしてそのオブスキュラを見て、また噂が集まり、オブスキュラは強くなる……ってわけだ」 クリスティーヌ:「そんなに“そうあれかし”とヒトが望むなら、実現させてあげなければ、可哀想ですものね」 アガサ:「そんな、卵が先か鶏が先かみたいな話ある?」 ザカリー:「あるんだよ、それが。ただ、オブスキュラが生まれるには、ヒトの噂が集中する必要がある。だから、きっかけを探してたんだ。今回の場合、それは嬢ちゃんの親父さんの死だ」 アガサ:「……切っ掛け」 ザカリー:「人の死は、劇的であればあるほど、噂を集める。嬢ちゃんには心外だろうがね」 アガサ:「……馬鹿みたい、死んでまで、あの親父、何かに利用されてるの。騙されて、利用されて利用されて、工場と一緒にボロ雑巾みたいに捨てられて、それで死ぬしかなかったってのに」 ザカリー:「……嬢ちゃん」 アガサ:「……ま、いいわ、どうでも……。それで?だからってなんなの?もう私の知ってることはこれで全部よ」 ザカリー:「悪いが、俺たちに付き合ってほしい」 アガサ:「これ以上?」 ザカリー:「ああ、廃工場に一緒に来てくれ。オブスキュラを壊すために、嬢ちゃんの力が必要だ」 アガサ:「は?」 *********************** 【場面転換、夕暮れの廃工場】 【砂利を歩く音】 ザカリー:「空気が重いな……」 クリスティーヌ:「ええ、います、わね。ザカリーおじさまの予想通り。まだ自我もない、生まれたてに近いですけれど」 アガサ:「ねえ、アタシ、来る必要ある?近寄りたくもないんだけど、こんなとこ」 ザカリー:「悪いね、必要はあるんだ。……何せ、これからそのオブスキュラに喧嘩を売りに行くもんだからな」 アガサ:「は?」 ザカリー:「大丈夫大丈夫……俺の後ろにいれば問題ないから……」 アガサ:「全然安心できない。超弱そうなんだけど、おっさん」 クリスティーヌ:「あら!ザカリーおじさまはとってもお強いんですよ!もう私が一撃でノックアウトされちゃうくらい!」 アガサ:「え?ドン引き」 ザカリー:「なんか今誤解がすごかったな!!?」 クリスティーヌ:「まあ、ご心配なさらずという事です、人間のお嬢さん。ザカリーおじさまの後ろにおいでなさい。ちょっと最近加齢臭的なものがしますけど」 アガサ:「嫌な情報やめて」 ザカリー:「ホントにな!!」 【ザカリー、グローブをはめる】 アガサ:「……?、何、その……ゴテゴテ色々ついたグローブ。それで殴るの?」 ザカリー:「これは殴る用じゃねェよ。オブスキュラの姿を引っ張り出すためのものだ。……本来はオブスキュラってのは条件がそろわねェと姿を現さないんだが、そう悠長なことも言ってられないんでな……。これは俺の師匠が作った魔導具だ。これで狐の窓を作って覗いた先の空間を固定して引っ張り出す……まあ、やってみるから大人しくしてろ。いくぞ、クリスティーヌ」 クリスティーヌ:「ええ、お願いしますわ」 ザカリー:「さて……、空間定義――空間をこの廃工場に固定。現象定義――人間の、自殺。……暗き箱よ、焦点を、絞れ」:指を組んで 【ごお、と風のなる音】 クリスティーヌ:「……まだブレがあります……ザカリーおじさま、もっと絞れませんの?」:目を細めて ザカリー:「……っ、無茶言うな、これ以上やると逆にブレる」:苦しそうに アガサ:「……何、アレ」 【刃物の擦れる音】 ザカリー:「あれが、オブスキュラだ」:苦しそうに アガサ:「うそ……あんな、刃物だらけの、化け物――」 ザカリー:「余計な情報を入れるな!」 アガサ:「!」 ザカリー:「いいか、こちとら今、洪水を両手で止めてるような状態なんだぞ!余計な情報量を増やすな!固定しきれなくなる!」 アガサ:「ご、ごめんなさい……」 ザカリー:「……すまない……協力してくれ……。いいか、よく見ろ。俺が立ってる限り、嬢ちゃんに危害は加えさせねェ。だから、ビビらずにあいつをよく見ろ」:苦しそうに アガサ:「……よく、見ろって言われても……」 ザカリー:「……聞くぞ。……お前の親父さんは、あんな姿だったか」 アガサ:「……え?」 ザカリー:「ここで死んだお前の親父さんは、あんな姿だったか?」 アガサ:「……親父は……」 【刃物の擦れる音】 アガサ:「父さんは、あんな姿じゃない。あんな、頭から肩から腕から、刃物なんか生えてない。背丈だってあんなに高くない。父さんは、ひとを傷つけたりしない」 【ノイズの音】 ザカリー:「聞くぞ、あれは親父さんか?」 アガサ:「……っ、あんなのは、父さんじゃない!!」 【ノイズの音】 クリスティーヌ:「核となる噂の出処(でどころ)の否定……いけますわ!おじさま!」 ザカリー:「よし……食っちまえ、クリスティーヌ!」 クリスティーヌ:「……ええ、それでは……いただきます」 【ノイズの音、破れる音】 【静まる廃工場】 ザカリー:「……よし……終わった……か」:息を切らせながら 【ザカリーが大の字になる】 アガサ:「い、今……あの女の子……オブスキュラを吸いこんだみたいに見えたけど……」 ザカリー:「ああ……クリスティーヌもオブスキュラだからな……」 アガサ:「え?」 ザカリー:「クリスティーヌは、つぶれた劇場に結ばれた馬鹿でけぇオブスキュラだったんだ……それが、なんだか知らんが俺についてきてくれてる……オブスキュラってのは大きい方が小さい方を吸収できるからな……大抵のオブスキュラならクリスティーヌは負けねェさ……」 アガサ:「……なんか……もう、何言われても驚かないわ……」 ザカリー:「そいつはよかった」 アガサ:「…………これで、もうこの工場じゃ、何も起きないのよね」 ザカリー:「ああ、もう人が死ぬレベルの事件は起きないだろうよ。人間がわざとやろうとしない限りな。……心霊スポットだって噂も、そのうち立ち消えになるだろ」 アガサ:「…………それじゃあ、父さんも、静かに眠れる?」 ザカリー:「……ばーか、幽霊信じてない奴が何言ってんだ。死んだらその先を、俺らがわかるはずねぇだろ。天国に行くってのも、地獄に落ちるってのも、生きてる俺たちが、死んだ奴の事をどう思ってるかだけだ」 アガサ:「……まあ、それもそうよね」 ザカリー:「……だから、嬢ちゃんが、そう思うなら……嬢ちゃんが、親父さんが天国で安らかに過ごしてると信じるなら、それは間違いのないことだよ」 アガサ:「……はは、おっさん、慰めてくれるの?」 ザカリー:「おっさんは不器用だからそんなことしてませんよー」 アガサ:「あっそ。……でも、ありがと」 ザカリー:「……あー……クリスティーヌ」 クリスティーヌ:「はい」 ザカリー:「とんでもなく疲れた……悪いが、ちょっとだけ眠らせてくれ……一瞬……一瞬でいいから……」 クリスティーヌ:「はいはい、15分後くらいに起こしますよ」 アガサ:「……あれ、おっさん寝たの?」 クリスティーヌ:「ザカリーおじさまの、オブスキュラ退治のアレ、見た目の割にとんでもなく疲れるんですって。少しそっとしておいてあげてくださいな」 アガサ:「……ねえ」 クリスティーヌ:「はい?」 アガサ:「アンタ、すごく強いじゃない。なんでおっさんなんかと一緒にいるの?」 クリスティーヌ:「まあ、おっさんなんかとは失礼な。ザカリーおじさまは私にとっての太陽です!」 アガサ:「わ、分かった分かった……じゃあ、質問を変えるわ……。そんなにこのおっさんのどこが好き?」 クリスティーヌ:「まあ!恋バナですわね!私、憧れていたんですの!」 アガサ:「恋バナじゃない」 クリスティーヌ:「ザカリーおじさまの素敵なところは色々あるんですけれど……。そうですね……一番は……この人は、私を弔ってくれると言ったんです。親もなく、ぽつりと生まれて、噂が途切れれば、誰の記憶にも残らず、消え失せてしまうだけの私を……覚えていてくれると言ったの。覚えていて、悼んで(いたんで)くれると言ったのよ」 アガサ:「……それって、そんなに大事?」 クリスティーヌ:「……死んで……消えてしまった先の事なんて、どうでもいいですわ。きっと、私自身には分かりませんもの。でも、……だから、今、“私が死んだら、悲しんでくれる”と約束してくれる人が欲しいんです、私。嘘でも偽りでも、私が消える頃にはすっかり忘れてしまっていても良いの。今、そう言ってくれる人が居るだけで、私は……」 アガサ:「……私には、良く分からないけど」 クリスティーヌ:「ええ、それでいいんですよ。きっと。……だから、ザカリーおじさまが間違っても私より早く死んでしまわないように、しっかり守って差し上げなくてはね!」 アガサ:「そう、ふふ、お似合いかもね、あんたたち」 クリスティーヌ:「あら、お墨付きを頂き、光栄ですわ」 【BGM、フェードアウト】 【場面変わり、朝の街】 ザカリー:「ふわあ……」 クリスティーヌ:「まあ、大きなあくび。廃工場で仮眠して、宿屋でもずーっと眠り倒して。まだ寝たりないんですの?」 ザカリー:「そう言うなよ……。次の街は少し遠いからって、早めに出てきたんだぞ……早起きおじさんをねぎらえ……」 アガサ:「あれ、もう出ていくの?」:少し遠くから歩いてきて ザカリー:「ああ、もうこの街にオブスキュラの気配は無いからな……嬢ちゃんは?」 アガサ:「アタシはこれから出勤」 クリスティーヌ:「あらあら、お疲れ様です」 ザカリー:「頑張れよー」 アガサ:「……まあ、もう会う事もないと思うけど、またこの街に寄ることがあったら、またうちの店にでも寄ってよ」 ザカリー:「ああ」 アガサ:「それじゃ、出来るだけ末永く元気でね、二人とも」 クリスティーヌ:「まあ!それはもう末永く!お嬢さんもお元気で!」 ザカリー:「ああ、元気でな、嬢ちゃん」

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